雷雨’s blog

現実を書こう!

ペット/スノーボール/夢小説(切)

甘い雪はまるで綿菓子のように。
白い兎はスノーボールのように。


*Tragedy is also a miracle.*


誰もが夢見るニューヨーク。
沢山の人とペットが集う街。
4月になったばかりの今日は温かい散歩日和であった。
それにもかかわらず、病院の窓から外を見ることしか出来ない彼女は溜め息をつく。
伸びてしまった黒髪を触り、紅茶に手を伸ばす。
隣のベッドからその様子を見ていた老人はたまらず声をかけた。
「外に出たいなら、早く治すことだよ」
『・・・分かってます』
静かに老人を睨み付け、女は紅茶に口をつけた。


その夜。
寝付けない彼女は瞼を開け、スマホ見ていた。
友人達からの励ましのメールを読み、削除する。
故郷から遠く離れたここへは誰もお見舞いには来なかった。
両親は5年前に他界し、親戚とは疎遠。
そんな一人きりの彼女を励ましたのは一枚の写真だった。
綺麗な写真立てにおさめられた彼女と一人の男が写った写真。
スマホの小さな光がそれを照らすと、思わず笑みが溢れた。
すると、何処からか物音がすることに気付く。
看護師の見回りだと思い、直ぐ様布団を被った。
だが、その物音は窓から聞こえている。
彼女は恐る恐る窓を見た。
月明かりに照らされ、窓枠に座る何かが明らかになる。
『・・・兎?』
その声に振り向く白い兎。
見覚えのある顔に彼女は窓を開けた。
『スノーボール!』
「しっー!皆起きちまう」
ごめんと小声で謝り、スノーボールを優しく抱き上げる。
温かな風がカーテンを揺らした。
『どうしてここにいるの?』
「俺様は何処にだって現れるぜ、特にお前が居るとこにはな」
彼女はニッと笑うスノーボールをベッドに降ろし、窓を閉めた。
『嬉しいこと言ってくれるじゃん』
「まぁ、本音を言うと俺様達の言葉が分かるのはお前しかいないからだ」
フワフワとした毛並みを撫で、スマホを引き出しに戻す。
『・・・意地悪』
「ケケッ」
スノーボールは彼女を見上げ、悲しそうな顔から視線をそらす。
すると、視界に写真が写った。
「・・・まだ待ってるのかよ」
『・・・勿論』
不貞腐れたような表情でスノーボールは写真を睨んだ。
「来るわけねぇよ・・・もう期待するのは止めた方が良い」
『それでもいい・・・もう少しだけ・・』
涙を目に溜める彼女。
それをジッと見つめ、もう一度写真に目を向ける。
「これだから人間ってのは・・・分かったよ、俺様が連れてきてやる」
『え?』
彼女は驚きスノーボールに触れた。
「俺様達をナメるなよ」
『いや、でも』
白い肉球が小指を押さえ付ける。
小さな瞳が彼女を捉えた。
「約束する」


「ってなわけで、捜すことになった!協力してくれ!」
下水道に集まった動物達に少し高いところからスノーボールは言い放った。
それを聞いたワニやブタ、ヘビが顔を見合わせる。
「その男は何処にいるんだ?」
何処からか質問が飛んだ。
「そうだな・・・雷雨と同じなら・・・日本だ!」
その答えに一同が悲鳴をあげた。
「そんなの無理だ!遠すぎる!」
そうだそうだと否定的な声が響く。
「いや、何も俺達が出向くとは言ってない!お前達は日本に友人がいないのか!?知り合いは!?」
一同がなるほどと頷いた。
「いいか!日本の友人に頼んでほしい!どうにかして、男をニューヨークに連れてこよう!」
下水道中に動物達の雄叫びが広がった。


翌日の日本。
あるアパートで男は寛いでいる。
そこに一人の女が珈琲を運んだ。
「ねぇ、新婚旅行何処にいこうか?」
「うーん・・・」
テーブルに散らばった新婚旅行の雑誌。
それを男は手に取った。
忙しさと疲労で頭が回らない。
そんな男の膝に一匹の犬が座る。
「コラ・・・疲れてるんだ、シッシッ」
手で払われ、そそくさと開け放たれたベランダへ犬は向かった。
すると、手すりに一羽の雀が舞い降りる。
犬は見上げ、静かに雀の鳴き声を聞いた。
「ピーチクパーチク煩い鳥だ・・・」
男はそう言うと、犬を中に入れベランダを閉める。
中に入れられた犬はテーブルの周りをぐるりと回ると、一枚のチラシに片足をかけた。
それを見た夫婦は目を合わせ、そのチラシを手に取る。
「・・・ニューヨーク」


一週間後。
久し振りに家に帰った雷雨は疲れきった体をベッドへと沈めていた。
あれからスノーボールは来ていない。
退院したことも知らないだろう。
また一人になってしまったことに彼女は寂しさを覚えた。
一眠りつこうと、寝返りをうつ。
目に入ったのは又もや写真だった。
笑みの代わりに涙が溢れ落ちる。
そんな彼女の家のベルが突然鳴り響く。
『はーい、今出ます』
ドアを開ければ、そこには誰の姿もない。
悪戯だったのかと閉めようとすれば、何か柔らかいものが挟まった。
下を見れば挟まっていたのはスノーボールである。
『あ!ごめん、スノーボール』
「痛ぇじゃねぇか、雷雨」
そう言うと、スノーボールはドカドカと家へ押し入った。
『勝手に食べ物漁らないでよー?』
「俺様はそんなことしねぇよ」
雷雨は静かに鍵を閉める。
「昔と変わったな・・・何も無ぇ」
『部屋は掃除したからね、結構捨てたよ』
部屋に戻れば、スノーボールはベッドの上で跳ねていた。
「引っ越しでもするのかよ?」
『・・・いや、しないよ』
ふーんと鼻を鳴らして、雷雨を見つめる。
「よく見れば痩せたな」
『・・・そう?』
雷雨は自分の頬を触った。
そして、何かを思い出したかのようにキッチンへと向かう。
「退院したなんて聞いてなかった」
『そりゃあそうだよ、スノーボールその時いなかったじゃん』
冷蔵庫から人参が取り出され、スティック状に切られていく。
それを見ていたスノーボールは駆け出した。
「他の動物に言えば、俺様に伝わる」
『他の人から見れば、頭のおかしい人』
それもそうだとスノーボールは頷き、人参にかぶりつく。
「ああ、あと、会えるぞ」
『誰に?』
小さな白い前足は何かを指した。
それを雷雨は目で追う。
そこにあったのは写真立てであった。
『嘘!?本当なの!?』
「ああ、本当さ。明日美術館へ行け、俺様が会わせてやる」
嬉しさのあまり、雷雨はスノーボールを抱き締める。
その強さにスノーボールは顔を歪めた。
『あ、ごめん』
「フン・・・だからもう泣くなよ」
雷雨はハッと目を見開く。
そして、笑みを溢した。
「俺様には全てお見通しだぜ」


翌日。
近くの美術館へと足を運んだ雷雨はそわそわと落ち着きがなかった。
美術品を見ては何やら考えるような仕草をして、歩き始める。
椅子へ腰掛け、スマホで時間を確認した。
言われた通りに来てみたが、一向に男が現れる気配はない。
諦めかけたその時、目の前を二人組が通過した。
カップルのようで女は男にくっついている。
男の背中はどこか見覚えがあった。
『あの!』
思わず声をかける。
「はい」
振り向いた男は確かに写真の男であった。


「いやぁ、驚いたよ。まさかこんなところで会うなんて」
『はい、私も驚きました』
カフェへと場所を移し、三人は話していた。
「えーと、じゃあ貴女は元生徒さん?」
『はい、まぁ旦那さんが担任とか顧問とかの話ではないですが』
外ではスノーボールが興味深げに聞いている。
「私、化粧室に行ってくるわ」
「分かった」
女が席をはずすと、二人きりの席は昔に戻ったかのような雰囲気を醸し出した。
『まさか、結婚していたなんて』
「1年前に結婚して、今日は新婚旅行というわけさ」
なるほどと雷雨はアイスティーに口をつける。
『結婚式、呼んでいただきたかったなぁなんて』
「ごめんごめん、忘れてたんだ」
その言葉に心が締め付けられたような感覚がはしる。
『あ、あと、電話したのに繋がらなかったというか・・・』
「あー、番号変えたんだよ」
たまらず雷雨は外のスノーボールに目をやる。
『私、最近まで入院してたんですよ』
「え、そうなのかい?・・・もう大丈夫?」
静かに頷く雷雨をスノーボールは見つめた。
『そろそろ行かなきゃ・・・ここの代金は私が払います』
「いやいや、それは悪いよ」
何も言わず雷雨は代金をテーブルに出し、帰り支度を始める。
「悪いね・・・」
『いえ、今日は本当に会えて良かったです・・・奥さんにも宜しくお伝えください・・・あっ』
ん?と首を傾ける男。
少し間を置いて雷雨は聞いた。
『私がプレゼントさせていただいたものはまだお持ちで?』
「ごめん・・・無くしたんだ」


「雷雨!俺様はこんな結果になるなんて思ってなかったんだ!」
『分かってる』
その夜、家に戻った一匹と一人は今日の出来事について言い合っていた。
『結婚してるって一言言ってくれれば、私は会おうとはしなかった』
「・・・雷雨」
雷雨は写真立てを伏せると、咳き込み始める。
何事かと、スノーボールはただ見ていることしか出来ない。
洗面台へと急ぐ彼女の後ろ姿を追った。
口から勢いよく吐かれた血。
スノーボールは目を見開いた。
『・・・もう分かったでしょう?これが現実』
「・・・治ったんじゃないのか?」
雷雨は水で血を流すと、小さく笑い始める。
『退院するっていうのはね、二つの意味がある。・・・一つは治った場合。もう一つは・・・治せなかった場合』
「・・・そんな」
視界がぼやけ立てなくなった雷雨はその場に座り込んだ。
『私は・・・最期を家で過ごすと決めた』
「雷雨、今救急車を呼んでやる!」
スノーボールは直ぐ様受話器を取ると、番号を押した。
「はい、こちら911です」
「助けてくれ!救急車を!」
電話に出た女性にスノーボールは訴えかける。
「はい?何です?」
だが、彼女の耳に届いたのは動物の鳴き声だけだった。
「悪戯電話はお止めください」
それを最後に切られると、スノーボールは玄関を飛び出す。
「誰かを呼んできてやる!」
近くにいた老人の周りを跳びはね、次に少年の足を噛んで引っ張った。
玄関の前でこっちだと前足を縦に振るも、誰も気付かない。
誰もスノーボールの言葉を理解できなかった。
急いで雷雨の元へと戻る。
呼吸が荒くなった彼女の膝の上でスノーボールは涙を溜めた。
「・・・雷雨、ごめん・・・」
雷雨はスノーボールを優しく撫でる。
『・・泣くな・・・と言ったのは・・あなたでしょう』
「俺様が人間だったらっ!雷雨を守れたっ!!俺様がっ」
撫でる手の力がだんだんと小さくなるのをスノーボールは感じた。
『・・・私が兎・・だったら・・・あなたを・・愛してた・・・』
「雷雨!ああダメだダメだ!逝くな!!目を開けろっ!」
大粒の涙を溢しながら小さな肉球は雷雨の頬を触る。
『・・スノーボール・・・好・・きだ・・よ・・・』
それ以降、彼女は呼吸を止めた。


少し経った後、スノーボールは外へ出た。
季節外れの雪が舞い降り辺り一面、白い世界が広がっている。
空を見上げれば、沢山の雪が未だに降っていた。
子どものように口を開け、雪を出迎える。
「甘ぇ・・甘過ぎなんだよ・・・」
涙を拭うと、一匹は闇夜へと姿を消した。


「雷雨が愛したのはただ一人だ・・・俺ではなく、あいつを・・・」
下水道に集まった動物達に再びスノーボールは語っていた。
「雷雨を殺したのは病だ!だが、心を殺したのはあいつだ!!絶対に許せねぇ!」
静かに耳を傾ける動物達。
その中心でスノーボールは怒りを露にした。
「人間は一度ならず二度までもっ・・・憎い!!俺様に力を貸してくれ!!」
雄叫びが響き渡る。
その上で、雪は降り止んだ。