世界征服。
それは悪の美学、漢の浪漫。
*鷹のクリスマスイブ*
ここは悪の秘密結社 鷹の爪団が潜伏する、日本某所である。
「そ~と~、そ~と~」
誰かを呼ぶ赤髪の青年の前に帽子を深く被った男が現れる。
「何じゃね、吉田くん。騒がしいぞ」
吉田と呼ばれた青年は、男を見上げた。
「大変ですよ!一大事ですよ!もう、地球の終わりだー!」
「落ち着きたまえ、吉田くん!」
総統は宥めようと、跳ね回る吉田に近づく。
「これが、落ち着いてられますか!」
興奮した吉田は堪らず総統に蹴りを入れる。
「痛いよ!吉田くん!」
「あ、すみません。総統のキモい顔があまりにも近くにあったので、つい」
吉田はめんごめんごと付け加えた。
「人の顔をキモいなんて、うぅ…酷いよぉ…」
「ま、そんなことはさておき。ついに!やりましたよ!総統!」
涙を拭いながら、総統は吉田を見た。
「酷い話をさておかれて、それ以上に重要な話なのかね、吉田くん」
「もちろんですよ!ほら、何か気づきませんか?」
総統は何もない辺り一面を見回した。
「うーん、何も分からないなぁ…」
「そう!何も!なんです!」
「え?」
動揺する総統は、間を置いてハッと驚いた。
「気づきましたね、総統」
「…何もない…ここはどこじゃ!吉田くん!」
「何を隠そう!ここは僕らの秘密基地ではなく、夢小説の世界なんです!」
吉田の言葉に総統は沈黙を覚えた。
「…」
「どうしました?総統」
「…夢小説って何じゃ?」
吉田の表情が一気に険しくなる。
「何、寝ぼけたこと言ってんですか!総統!夢でも見てるんですか!」
「…って言われてもねぇ…、本当に分からないよ」
「仕方ないですね、じゃあ、そんな寝ても覚めてもポンコツな総統に教えてあげますよ」
「君はわしに冷めてるよね、吉田くん」
「覚めて と 冷めてとか、分かりづらいかけかたしないでくださいよ、スベって本当に冷めてしまったじゃないすか、ツルツルで物理的にも滑っちゃいそうです」
と、吉田は寒そうに身体を震わせた。
「すまん、吉田くん。いつものようにキレッキレにやろうと思ったんじゃが、今回は作者のFROGMANが不在のようじゃ」
「そりゃそうですよ!夢小説っていうのは、ファンの非公式二次創作なんですから!」
「なっなっなんじゃってぇぇえええ!!!」
総統は驚きと寒さによって、氷の塊になり倒れた。
「なんだと思ってたんですか、総統」
吉田が持ってきたマッチの火が氷を溶かす。
「ほら、小説っていうぐらいじゃから、もっと大物作家さんがやるのかと…、それに君もこの世の終わりのように興奮してたから…」
「それは期待させた僕も悪いですけど、無知な総統も悪いです」
「えぇ…そんなぁ…」
溶けた氷の水を滴らせながら、総統は続けた。
「で、これを書いてるのは誰なんじゃ」
『はい、私です!』
突然、総統の背後に一人の女が現れた。
「うぉ、なんじゃ!誰じゃ!」
「出たぁぁあああ!!!お母さぁぁああん!!」
一人騒ぐ吉田に女は言った。
『そんな、人を幽霊扱いしないでよ、確かにさっきの寒さからして、出てもおかしくはないけど、私は生きてる人間です』
「わしらとは違う、リアルな人間じゃね」
総統は立体的な女を珍しそうに見た。
『あ、申し遅れました、この夢小説を書かせていただいております。雷雨と申します』
「これはこれはご丁寧に名刺まで…あ、ちょっと今、名刺を切らしておりまして…また今度お眠りいただいた時にお渡しします…」
『…眠る?』
雷雨は首を傾げた。
「…ぷぷっ…総統…ぷ」
その横で吉田は笑いを堪えていた。
『あ!最後まで教えてないんだね?吉田くん!』
「なんじゃね、最後までって」
『失礼しました。多分、総統が思ってらっしゃるのは、夢の中で作る創作物っていうことだと思うんです…。そうではなくて、夢小説っていうのは簡単に言えば、夢のような創作物ってことです』
「…夢の中で作るって…絶対無理じゃないすか、総統…ぷぷ」
「くぅ~、吉田くぅん…っ」
総統はプルプルと怒りに身を震わせる。
『ま、まぁ、落ち着いてください。もう少し説明しますから。まず、夢小説はだいたい登場キャラクターの中にリアルな人間、つまり読む人を登場させます。』
「読む人とはなんじゃ?」
『そのまんまです。これを読んでくれている人ですね。ですから、よくリアルな人間の名前は変える機能がついてたり、空白になってたりします。読む人の名前を当てはめるんです。私が作る夢小説は私の名前をそのまま使わせていただいておりますが』
「なるほどのぉ」
総統はうんうんと頷いた。
『そして、ジャンルとして、様々な表記がされます。よくリアルな人間は特定のキャラクターとの恋愛を楽しむのですが、その恋愛の甘さを表現する(甘)という表記があります。これは度合いによって(微甘)(激甘)または(甘々)などと書かれます。甘さが一切ない場合もあり、切ない内容の(切)、面白さ抜群の(ギャグ)または(パロ)、あれ?重い展開?(シリアス)、ちょっとグロい(痛)、年齢制限の(裏)、日常的な(ほのぼの)などなどがあります。甘さもあり面白さもあるなら、(甘ギャグ)など組み合わされる時もあります』
ペラペラとネイティブのように話す雷雨の言葉を一言一句逃さぬように聞いていた総統だったが、説明が終わるとともに頭から煙をあげた。
「大丈夫ですか!総統!」
『ちょっと難しい話でしたかね…』
「ぅぅうん、優しく殺してぇ…キリングソフトリー…」
総統は寝言を呟いた。
「ああ!もう気絶して、総統の意識は夢の中です!」
『うーん、仕方ないか…。じゃあ、今回の夢小説も終わりかな』
「うわ、総統のせいじゃないすか。てか、誰と恋愛しにきたんですか」
吉田は薔薇を咥えながら、ポーズを決める。
『いや、恋愛っていうか、普通に鷹の爪団が好きだから、その世界に入ってみたくなったんだよねぇ…今日はクリスマスイブだし…』
「すっすっ好き!?照れちゃって涎がとまりもはん!」
火照る顔を押さえる吉田の目の前に瞬間移動の如くフィリップとレオナルド博士、菩薩峠が現れる。
「うわ!急に現れんなよ!危ねぇだろ、フィリップ!」
吉田がフィリップのみを咎めると、フィリップは涙を流し、NOと嘆いた。
「てか、なんでオレまで連れて来られたんだ、オラオラ」
イライラ全開のレオナルド博士は、雷雨を睨み付ける。
『いやぁ、鷹の爪団に博士は必要でしょう』
博士は照れながら、瞳を輝かせた。
「…ぱぱ」
倒れている総統の傍で泣きそうになる菩薩峠の肩に吉田は手を置く。
「大丈夫だ、菩薩峠。それはお前のぱぱじゃない、僕のぱぱだ」
「いや、わしは君のぱぱでもないからね!」
勢いよく総統は起き上がる。
「良かった、ボケたら案の定、起きましたね。まるで、状況が悪くなったらボケたふりして逃げる姑に追い打ちをかける嫁のように!」
「どういう例えかね!吉田くん!」
『ま、まぁその辺にして。今日はクリスマスイブなんで、ケーキでも食べてゆっくりしましょうよ』
「こんな貧困生活で新聞紙鍋パをやる僕らにケーキを買うお金なんてありませんよ!」
そう言い終わった後に吉田は夢小説ということに再度気づく。
「まさか…」
『そう、ケーキを用意できるんだよ、夢小説ならね』
「「ゴチになりまぁぁあす!!!」」
鷹の爪団全員の声が揃う。
「でも、ケーキってイブに食べるものなんですか?」
『…分からない』
「プレゼントはイブの夜にサンタがやってきて、クリスマスに開けるっていうのは分かりますけど、食事のお祝いってイブにやるのかクリスマスにやるのか分かりませんね。総統の小さい時はどんな感じでした?」
総統は考える仕草をしつつ、ケーキを一口運んだ。
「うーん、忘れてしまったねぇ…そもそも、そんな文化があったのかも覚えてないねぇ…」
「相変わらず寂しいっすね」
「そう言う君はどうじゃったんじゃね」
吉田は慌てて口一杯のケーキを飲み込んだ。
「僕ですか?話せば長くなりますけど、いいですか?多分、終わる頃にはクリスマスも終わってます」
「それなら、言わんでいいよ」
そんな楽しく過ごす雷雨と鷹の爪団に黒い影が詰め寄る。
「あ!デラックスファイター!」
最初に気づいた吉田が声をあげる。
「そうだ、デラックスファイターだー」
特徴的なBGMとともに現れたデラックスファイターに雷雨が駆け寄る。
『あの!サインください!』
「おー、いいぞぉー、ファンか、ファンなのか」
『はい!いつも見てます!』
「雷雨が簡単に寝返ったわい…」
「総統、そもそも仲間じゃないです」
色紙にサインを終えると、デラックスファイターは雷雨を庇うように自身の後ろへと隠した。
「危ないので、下がっていてください。こいつらは民間人にも容赦ないですから」
「いやいや、容赦ないのはお主のほうじゃないかね!デラックスファイター!」
「デラッ」
「あー!待って!まだ早い!クリスマスイブなのにそれは辛い!」
今にも必殺技を繰り出そうとするデラックスファイターを総統は必死で止める。
「それに、自分の姿を見てみるんじゃ」
「なんだって、そんなこと言うんだ…ん!?」
総統の言葉に疑問を抱きながらも、自身の姿を確認したデラックスファイターは困惑した。
「どうして、サンタの格好なんかしてるんだ!俺は!?」
「にゃはっはっは!夢小説ということにお主も気づいておらんかったか!ここなら、何でもできるんじゃよ!」
「デラッ」
「あー!分かった!すまんかった!つまり、このクリスマスイブ夢小説でのサンタはお主と、作者が決めたんじゃよ!ほれ、その後ろの」
デラックスファイターは振り返り、雷雨を見た。
「アンタが俺を?」
雷雨こくりと頷く。
「それは、光栄だな。で、この俺に何をさせたいんだ?こいつらにプレゼントを配るなんて世界征服されても嫌だぞ」
「じゃあ、世界征服してもいいんじゃな」
「デラッ」
「分かった!調子に乗った!すまんかった!」
二人のやり取りに雷雨は思わず微笑んだ。
『デラックスファイターさん』
「何だ?」
『これを読んでくれている皆さんに最高の幸せをプレゼントしてあげてください』
一同が一瞬静まり返り、微笑ましい笑いに変わる。
「なんだ、それならお安いご用だ」
「わしはもっと利己的な願いかと思ったわい」
「ええ、ゴキブリを食べれるゴキブリに変えてくれとでも言うのかと思いました」
「いや、そんなの願う人なんていないよ!」
「食べれるゴキブリはオレが作ってやるぞ、オラオラ」
「博士!作らなくていいから!」
「…ぱぱ」
そして、鷹の爪団とデラックスファイターが雷雨に目をやると、彼女の姿は消えていた。
「どこに行ったんじゃね!雷雨!」
「総統!見てください!」
「ん?置き手紙?」
1枚の紙を拾い上げると、総統は声に出して読み始めた。
「どれどれ…、0時になり、魔法が消えてしまったので、帰ります。またどこかで会いましょう」
「あ!ガラスの靴が片方置いてあります!」
吉田は靴を拾い上げると、それを掲げる。
「追伸…、デラックスファイターさん、落ちが思い浮かばないので、デラックスボンバー放っておいてください…!?」
「デラックスボンバー!!」
「うぁぁああああ!!!!雷雨ぅぅうう!!!」