そう気づいて嬉しかった。
良かった。
このまま気づかないで生きていたら息苦しかっただろう。
自分が何者なのか知らずにいるのは窒息で苦しむ魚のようだ。
そんな僕もようやく息ができた。
暗闇から解放された。
水面から顔をだして息をする僕は毒蛇だ。
ただの蛇じゃない。
毒を持っていた。
他の者を殺す毒を。
下手に触れば危険だ。
そうだ、僕は危険だ。
だから、誰も近づきはしない。
たまにやってくる命知らずは扱い方を知らずに途方にくれる。
そして、近づきすぎたが最期だ。
僕の前にできるのは骸の山だ。
命からがら逃げた奴は唾を吐き行く。
「お前なんか」と言って逃げ行く。
ある日、熊が道をふさいだ。
僕は食われてたまるかと牙をむいた。
そこから滴り落ちる毒を見ても熊は怯まなかった。
それどころか、熊はその場に座り僕に話しかけた。
「俺はお前を食べる気はない、暇だから遊ぶか」
そんな言葉を面食らっても、僕の頭の中はいつもの風景。
こいつも他の奴らと同じだ、きっと。
最後は逃げ行くか、死に逝くか。
だが、熊は違った。
熊は逃げず、死ななかった。
扱い方も心得ていた。
僕は牙を失ったようだった。
そんな熊とは今でもよく遊ぶ。
次々と僕は誰かに出会うようになった。
神々しい龍は、僕の考えた物語を素晴らしいと褒めた。
話せる木は、僕の下手な泳ぎを応援した。
心配してくれた雨、僕の見るものは美しいと言った水、僕を怖がらず可愛いと言ったタニシ。
そして、僕は一人の人間に出会った。
逃げるか、それとも殺るか。
逃げるには腹が重かった。
ヒヨコを一匹食ったのがまずかった。
逃げられない僕の前にそいつは立ち止まり、そして何もせず去っていった。
僕は何事もなかったかのように巣穴に戻った。
何もない巣穴の外はすっかり冬になっていた。
冬眠する僕に誰かが話しかけてきた。
「大丈夫か?生きてるか?」
『寝ている』
「そうか、元気そうでなによりだ」
訪ねてきたのはその人間だった。
毎日、そいつは巣穴にやってきて僕に話しかけた。
冬眠が終わっても僕は日の光を避けて巣穴にいることが多かった。
そんな僕にそいつは変わらず今も訪ねて来る。
ある日、僕は珍しく外に出た。
喉が乾いた僕は小さな池を見つけた。
石二つの上に座り、その水面を見た。
何かが動いている。
目を凝らせばそれは僕のような形をしていた。
それは水面に写った僕か。
いや、違う。
それは確かに存在した。
それが跳ねて僕の目の前に落ちた。
同じ石の上に乗ったそれは僕を見据えた。
一目見た瞬間、僕はそれに興味を持った。
それは苦しそうな呼吸で水の中に滑り落ちた。
世話しなくそれは池の端から端まで動いていた。
どうしてそんなに頑張るのか。
僕には分からなかったけれど。
それは毒蛇じゃないのは分かった。
僕は何故か惹かれてしまった。
何故なのか知るために僕はその池に通い続けた。
そして、今、僕はその理由を知っている。
僕はその理由を大切にしている。
それを守るために。
失わないために。
僕は毒蛇だ。
日陰で生きて死ぬ運命。
誰かを傷つけずには生きられぬ。
それでも、僕の毒を気にしない者たちは存在する。
それを人間は友と呼んでいるらしい。
そんな僕にも大切な者ができた。
それを人間は愛と呼んでいるらしい。
後で知ったことだが、今も忙しそうに働く僕の大切なそれの名前を人間は「うなぎ」と呼んでいるらしい。