雷雨’s blog

現実を書こう!

終わりなき海鳴り(駄文②)

(浦島太郎が玉手箱を開けた後の話)


驚いた浦島は、箱を海に投げ捨て、嗄れ声で叫んだ。
「どういうことだ!乙姫!」
しかし、返事が返ってくるはずもなく、波の音が聞こえるだけであった。
怒りに任せ、浦島は海に入ろうと駆け出す。
「浦島殿!お待ちくだされ!」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには浦島が助けたあの亀の姿があった。
「おい、どうなっておるのだ!?」
浦島が聞くと、亀は辺りを見回し、静かに答える。
「大きな声を出してはなりませぬ。乙姫に聞かれてしまいます」
その言葉に浦島は再び驚いた。
乙姫の仲間であるはずの亀が自分を庇っている。
それは浦島にとって謎を深めるものだった。
「何故、お主がここにおるのだ?竜宮城に帰ったはず」
亀は首を縦に振り、海に足を入れた。
「はい、確かに帰りました。しかし、浦島殿があの箱を開けたと聞いて、居ても立ってもおられず・・・」
心配する亀を浦島は何も言わず見つめた。
「浦島殿、信じてくだされ。そして、私等をお救いくだされ」
そう言うと、亀は浦島を背中に乗るように促した。
「待ってくれ。何を言っておる?」
背に乗りながら聞く浦島に亀は伏し目がちに言った。
「詳しくは竜宮城で」
二人が竜宮城に着くと、そこは浦島が見たきらびやかな場所ではなかった。
言葉を失い、立ち尽くす浦島の横で亀は何やら準備を始めた。
それに気付いた浦島は亀の口から竹筒を取る。
「話せ・・・約束ぞ」
「・・・浦島殿、この海に沈んだいくつもの舟の残骸こそ竜宮城の真の姿・・・そして乙姫も・・・今なら分かるでしょう。その竹筒に海水を入れるのです。それが乙姫を倒す矛になりまする」
壁のように竜宮城を取り囲む海水に浦島は竹筒を勢いよく押し付けた。
一瞬で満水になった竹筒の水を不思議そうに見つめ、「これが矛?」と呟く浦島に亀はついて来るよう求めた。
暗い通路を抜け、一番明るい場所に辿り着くと、二人は身を隠す。
そこにいたのは背を向け立つ乙姫だった。
なんだか様子がおかしく思えた浦島は、思わず目を細める。
「亀・・・あれは乙姫ではない・・・あれはまるで・・・」
浦島が言い終わる前にその予想していた姿は現れた。
亀は身を縮こませながら答える。
「いいえ・・・あれは正真正銘、乙姫にござりまする。海水に囲まれた竜宮城で外に出ることも出来ず、ある時は人を海に生物に変え、ある時は人の寿命を奪う蛞蝓にござりまする」
「・・・なんとも醜い姿よ」
二人は覚悟を決めるように顔を見合わせる。
そして、再び視線を戻し、戸惑った。
そこにいたはずの乙姫の姿が消えている。
「誰を探しておる?浦島」
後ろからの声に浦島は振り返り、目にも留まらぬ速さで首を鷲掴みにされ、宙に浮いた。
「・・・こ・・・の・・・化け物がっ」
声を振り絞る浦島を見上げ、乙姫は首を傾けた。
「このまま首を折ってやろうか?」
その言葉に亀は慌てた。
「乙姫様、お許しを。この私が悪いのです。浦島殿は何も・・・」
乙姫は視線を亀に移すと、苦しむ浦島を放した。
「その裏切り、許してはおけぬ。うぬから逝かせてやろう」
そう言うと、亀に手を伸ばし、触れる寸前のところで乙姫は苦しみ、一歩退いた。
冷たい海水を被り、滴るそれを見て、浦島を睨む。
「浦島ああ!!」
一度だけ叫ぶと、その身体はみるみる縮んでいき、赤子ほどの大きさになって止まった。
「・・・浦島・・・妾を助けよ・・・然すれば、お主の寿命・・・返してやってもよい。妾が死んで戻るのはこの者どもの姿のみ・・・お主の寿命は戻らぬ」
浦島は竹筒を少し離れた場所へ置き、その場を後にしようと、来た道のほうへ向き直った。
「・・・何をっ・・・何をし・・・て・・・おる。・・・う・・・ら・・・しま」
苦しみに耐えながら乙姫は浦島を引き止めようとする。
浦島は一度歩みを止めると、乙姫は振り返り、言った。
「早う死にとうなったら、うぬで死ね。あの竹筒にはもう半分の海水が残っておる」
絶望したように乙姫は溶けた手を伸ばす。
しかし、その手が届くことはなかった。
「浦島殿・・・」
亀は心配そうに浦島の顔を覗き込んだ。
「彼奴はそのうち息絶える・・・その姿が戻る前に家へ帰してくれぬか?」と、浦島が言うと、亀は何も言わず頷いた。