ハロウィン当日、浦島という男は目的もなく、ただ歩いていた。
道行く人は皆、仮装しており、お祝いムード一色である。
気だるそうにそれを見つめ、浦島はベンチに腰かけた。
そして、視線が一点でで止まる。
そこにいたのは、緑色の全身タイツを着た男とその周りを取り囲むランドセルを背負った奇妙な大人たちであった。
『浦島太郎』の仮装だろうか、いや、今時やる人なんていない、と思いながら、浦島は観察してみることにした。
周りの大人たちから全身タイツの男は軽く蹴られていた。
泣き真似をして、浦島に助けを求めるように視線を投げている。
ベンチに座る浦島はその視線に気づき、無意識のうちに歩を進めていた。
我に返り、まずいと思ったが、一応声をかけてみることにした。
「あの、大丈夫ですか?」そう言うと、あの大人たちが一斉に浦島を見た。
「いや、あの、何かあったのかなぁなんて」震える声でもう一度問いかけると、大人たちは顔を見合わせ、去っていった。
「ありがとうございます。お礼に奢らせてください」と、緑の男は浦島の手を引き、歩いていく。
振りほどく気にもなれず、浦島はついていくことにした。
たどり着いたのは、普通の居酒屋だった。
二人は店内に入り、奥へと進んだ。
緑の男が女性スタッフに「店長に会わせます」と言い、浦島は困惑したが、後戻りもできずに、薄暗い部屋へと通された。
椅子に座って待つようにと言われ、ただただ従う。
数分して、誰かが入ってきた。
浦島の目の前に現れたのは、店長と思われる女性だった。
「初めまして、店長の乙姫です」
綺麗な声に浦島が聞き惚れていると、一つの箱が取り出された。
「本日は、うちの亀田を助けていただいたということで・・・」
「亀田?」「あ、先程の緑の・・・」「あー、はい、あの方が・・・」
浦島は仮装姿の亀田を思い出し、少し笑った。
それを見て、乙姫も笑う。
「ということで、本日は店のおごりということで、ぜひ、料理をお召し上がりください。あと、これを・・・」
箱を浦島へ差し出し、再び乙姫は微笑んだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて・・・」と、箱を受け取り、浦島は表へ戻る。
そこには既に料理が用意されており、そのすぐ傍には亀田が立っていた。
「さぁ、ご自由にどうぞ」言われるがままに料理に手をつけ、浦島は料理を全てたいらげた。
満腹になり、少し吐き気がしながらも帰路につく。
乙姫に手を振られ、浦島は上機嫌であった。
家に着くと、倒れこむようにソファに座った。
そして、持ち帰った箱を少し振ってみる。
軽い上に、何も音がしない。
気になった浦島は開けようとして、手を止めた。
この一日が『浦島太郎』の物語によく似ていることに気がついたのだ。
だが、そんなことは現実にあるわけがないと、浦島は思い、箱を開けたその時。
浦島は目を覚ました。
目だけを動かし、今までの出来事が全て夢だったと気づいた。
安心し、起き上がろうとする。
が、一向に起き上がれない。
不思議に感じた浦島は、辛うじて見える姿見に目を向け、言葉を失った。
この後、浦島はカフカの『変身』のような出来事を体験することになるのだが、それはまた別のお話である。