鳥籠が鳥を探しにやって来た
しかし、鳥は消えてしまった
鳥は変わったのだ
† Bird cage owner †
『ナタリアッ!止まりなさい!』
ゆっくりと振り返るその顔に、不敵な笑みが浮かぶ。
『やはり、あなたは危険分子だった』
「いいえ、雷雨…それは違う」
銃口を少女に向けたままの雷雨の表情は険しさを増す。
『何故、私の名を知っているっ』
「人間を吟味せよ。疑う者には疑わせ、信じる者には信じさせよ」
『っ!!!』
雷雨の手が震え始める。
何かが記憶の中で暴れだすのを感じた。
それは断片的にではあるが、着実に過去を思い出させている。
「雷雨…あなたは忘れてしまっている。私を、私の全てをっ!……思い出して。……品行方正な人物を装うのは止めなさい。あなたはあなたらしくいていいの…あの頃のようにね」
差し出した手が一瞬で突き放される。
それでも、ナタリアは笑みを浮かべて、雷雨を見据えた。
「いつまで、私を拒むことができる?」
『…私はあなたを知らないっ…』
視界が歪み、ふらつく雷雨の手からハンドガンが落ちる。
「誰もが真実を見ることはできない。しかし真実であることはできる。」
フランツ・カフカの詩を口にしながら、ナタリアは雷雨ににじり寄る。
もう少し、あと少しで手が届くというところで、彼女は何かの気配を察知して、顔をあげた。
誰もいないはずの闇の中に、誰かが立っている。
しかし、闇に紛れたそれが何かを視認することはできない。
「…邪魔をするのは誰?」
少し間を置いて、それは暗闇から現れた。
意外な人物ではあったが、ナタリアは依然落ち着いて、その名を呼んだ。
「…バリー」
「その子から離れてもらおうか、ナタリア」
ナタリアに銃口を向けながら、バリーはゆっくりと近づく。
それとは反対にナタリアは一歩ずつ後退りした。
「銃を下ろして…お願い…おじさん」
昔のように語りかけてくる彼女に困惑しながらも、バリーの指は引き金におかれたままだった。
「どうして?おじさん…私よりもその子が大事なの?」
足下で踞り、苦しみの声を上げる名前も知らない女の姿が視界の端でちらつく。
彼女の叫び声が痛々しい。
「もうあれから、9年か…ナタリア…いや、アレックス・ウェスカーだったな」
突然、雷雨の目が見開かれる。
断片的な記憶が一つの映像となって、彼女の視界に広がっていった。
(「最高のデータが取れたわ!雷雨、実験は成功よ!誰一人として生き残りはいないっ」)
(『やっぱり、アレックスはB.O.W.の扱いが上手いね』)
(「そんな煽てても、何も出ないわよ?」)
(『分かってるよ…ただ、もっと見たいなぁ…アレックスの実験』)
銃口を背にして立ち上がった雷雨と、ナタリアの互いの視線が交わる。
「おい、そこをどけっ!」
バリーは退くように促すが、一向に動く気配はない。
痺れを切らし、彼女の肩に手を置く。
素早く振り向かれるのと同時に、その手に握られたハンドガンに気づいた。
しかし、避けきれずに、痛みが襲い掛かる。
片膝をついて、バリーは唸った。
急所は外れたものの、出血が酷く、すぐに手当てが必要なことが分かる。
貫通した弾丸は、すぐ後ろで形を歪ませて転がっていた。
『アレックス…あなただったとはね』
雷雨はバリーに目もくれず、ナタリアを見据える。
「やっと思い出してくれた…雷雨、私はあなたを待っていた…早く、早く、あの頃のように二人で人を甚振ろう!」
興奮し、駆け足で抱きつくナタリアを強く抱き締める。
懐かしい香水の匂いが雷雨の鼻孔をくすぐった。
昔常に感じていた愛しさが、脅威的に込み上げる。
『見たいなぁ…アレックスの実験』
忘れかけていた狂おしいほどの欲望が自身の中で湧き上がった。
「見せてあげよう…最高傑作を」
ナタリアは耳元でそう囁くと、唇が触れそうで触れない距離を保つ。
欲求が満たされない感覚に、不快感と快感を同時に覚え、思わず顔を背けてしまう。
『……意地悪』
「ふふっ…相変わらず、可愛いな、雷雨は。続きはゆっくりと…楽しませてあげる」
今なら気づかれないと、バリーは力を振り絞ってマグナムを拾い上げようとするも、ナタリアはそれを足で払い除けた。
「残念、バリー」
苦しむ彼に雷雨は銃口を向ける。
そして、これから起きるであろう、世界の混乱や恐怖を想像し、笑みを浮かべた。
『「ねえ、教えて。その“恐怖”を。 今 どんな気持ち?」』