何かを手放せば何かを得るように。
心を得るために心を棄てるのだ。
◆ Confinement syndrome ◆
『それ以上近づいたら容赦しませんよ』
ジリジリと距離を詰め、笑みをこぼせば、お前は不安そうな顔をする。
嗚呼、壊してしまいたい。
「いっそ、狂ってしまえば楽なのにネ」
『仰っている意味が分かりません』
私が顔を近づけ、お前は後ずさる。
その震えた手で刀に手をかけるのか。
「分かっている筈だヨ…お前は我慢している」
『…何を我慢していると?』
涙を溜めた目で睨むお前に触れたくなる。
お前に。
お前に。
『触るな!!!』
私の右手が鮮やかな赤色を散らせながら、目の前を飛んだ。
「…全く…素直じゃないネ」
お前の荒い息遣いが私の鼓動を高鳴らせる。
補肉剤で再生し始める右手を見つめながら、私は袖口に忍ばせた別の薬瓶に手を伸ばした。
その動きに反応してお前も身構える。
『何をする気?』
眼だけを動かし、お前を視界に捉えると、私の中で何かが音をたてて崩れた。
もう限界だ。
『!?』
床に転がる割れた瓶から紫の煙が一瞬にして充満すると、必死にお前は逃げようとする。
「もう出口は塞いであるヨ」
『…私はあなたに屈しない!…絶対に!』
強がるお前もグチャグチャにしたいくらい可愛く思える。
お前を私だけの物にしたい。
誰にも触れさせない。
『…くっ…』
新鮮な空気を求める肴のように、もがき苦しむお前ももう見納めか。
壁にもたれ頭を垂れた姿が煙の中でもハッキリと分かる。
「お前は私だけを見ていればいいのだヨ」
柔らかな頬に触れ、ゆっくりと持ち上げる。
規則正しい呼吸をし、たまに瞬きをする眼には、光ではなく、私の姿が写っていた。
『…マユリ様…』
小さく発した言葉に思わず笑みを浮かべる。
「愛していると言い給え」
互いの額を合わせると、お前の甘い匂いを感じた。
『愛しています、マユリ様』
我慢していたのは私の方だったのかもしれない。
「嗚呼…私もだヨ」
これから二人だけの世界を創ろうじゃないか。