「草の試練をこいつに受けさせるだとっ!?じいさん!掟を破る気か!?」
「これは致し方ないことだ。シリが狙われている以上、ウィッチャーも必要になる。数が必要なんだ。」
「だとしてもだ!もう草の試練はやらないと言っただろ!?」
●空虚な雨に●
突然雨は降り始めた。
風は吹き荒れ、木々を揺らす。
そんな中で一人の子どもは雨に打たれながら空を眺めていた。
周りを血に染めて。
星も見えない空をじっと見つめていた為か、人の気配には気づかなかった。
「大丈夫か!?」
現れた男に子どもは静かに振り向く。
力尽きた目を少し揺らすと、その場に倒れてしまった。
暖かい火と静かな木が焼ける音。
それをかき消すように男と老人は言い争っていた。
木でできた寝台の上に寝かされていた子どもの耳にも届いてしまうほどに大きな声が響く。
子どもの隣に立っていた男は言い争っている二人に声をかけた。
「そんなに大きな声を出さないでくれ。起きるだろ。」
「あ?起きようがどうしようが関係ねぇだろ!?」
後ろでは老人が淡々と薬草を磨り潰している。
「ヴェセミル、あなたも馬鹿げたことはやめてくれ。」
「馬鹿げたこと?エスケル、ランバート、お前達は分かっていない。」
「は?何が分かってないだよ!?」
ランバートは声を荒げ続けた。
寝台の上で子どもが目を覚ましたことにも気づかずに三人は争い続ける。
子どもはそんな三人を見るや否や危険を感じ、寝台の下に隠れた。
「・・・おい、エスケル、あいつはどこにいった?」
最初に気づいたのはランバートである。
その言葉にエスケルは冷や汗をかいた。
子どもは傷を負っている。
あのまま外に出てしまえば、においで怪物に食べられてしまう。
「まずい!どこに行ったんだ!?」
三人はすぐに捜した。
が、見つからない。
それを見ていた子どもは出口を探していた。
木の扉が目にはいると、寝台の下から勢いよく飛び出す。
すると、何かにぶつかり、その場に倒れた。
「ん?こんな所にいたのか!?捜したぞ!」
エスケルが倒れている子どもを抱き上げた。
「ふん、灯台もと暗しってか?」
近くでランバートが鼻で笑い、ヴェセミルは再び薬草を磨り潰しはじめる。
抱き上げられた子どもは苦しそうに顔を歪ませた。
「だっ大丈夫か?」
すぐに床に下ろすと、顔を伏せてうずくまる。
傷がひらいてしまったのか心配になったエスケルは傷を診ようと手を伸ばした。
が、それを振り払う小さな手。
顔を上げた子どもの目をエスケルは見逃さなかった。
変化は一瞬であったが、ウィッチャーにとってはその一瞬で十分である。
固まったエスケルにランバートは不審がった。
「どうしたよ?」
「・・・少し話がある。」
二人は外に出ると、再び話はじめた。
「で、どうしんだ?」
「・・・あいつは吸血鬼だ。しかも、上級のな。」
「は!?何言ってんだよ?だったら、メダルが反応するに決まってんだろ!ほら、見ろ、反応なしだ。」
ランバートは首に下げた飾りをじゃらつかせる。
「あいつの目は吸血鬼特有の目だった。メダルが反応しないのはきっと・・・」
ガシャン!!
中で大きな音が響いた。
驚いた二人は顔を見合わせると、急いで中に戻った。
「どうしたんだ?じいさん!」
ヴェセミルの姿を確認すると、何が起きたのか問いただすランバート。
その横でエスケルは子どもを捜している。
「あぁ、皿を割ってしまっただけだが?」
「なんだよ、脅かさないでくれ。で、あいつはどこだ?」
「ん?お前達が外に連れ出したとばかり思っていたが?」
再び二人は顔を見合せ、外に飛び出した。
「エスケル、お前はあっちを捜せ!俺はこっちを捜す!」
「待て!ランバート!!何でお前がそこまでっ!?」
「あ?話はまだ途中だろうが!あんなん聞かされたら事を確かめたいに決まってる!」
ランバートはそう言うと、走り去っていった。
そんな姿にエスケルは少し笑うと、捜索を始めた。
暫くして、空は曇り雨が降り始めた。
濡れながら、二人は捜し続けている。
エスケルが湖の近くにやってくると、雨の音に混じって、山羊の小さな鳴き声が聞こえた。
音の場所に行くと、暗闇でよく見えないが、何かが山羊を襲っている。
エスケルが剣を抜くと、その何かは動きを止めた。
「お前は・・・」
そこにいたのは先程の子どもである。
「やっぱり、吸血鬼だったか。」
『貴方も私を殺すの?』
振り向かずに子どもは言った。
「・・・」
『私を殺そうとする人達は怖い人。殺したくはなかったけど、生きるためだから。』
エスケルは静かに剣を納めると、その場にしゃがむ。
『私を殺さないの?』
「・・・あぁ、今まで一人でよく頑張ったな。さぁ、帰るぞ。」
子どもは首を横に振った。
『私に帰る場所なんてどこにもない。私は人間でも、化物でもないから。』
「分かってる。さっきいた所がお前の新しい家だ。おいで。」
二人が戻ると門の前にランバートが立っていた。
「お、見つかったか!」
「あぁ、ヴェセミルは?」
「中で相変わらず薬草潰しだ。」
ランバートに怯えた子どもがエスケルの後ろに隠れる。
「おい、名前は?」
『・・・』
「まだ、分からん。」
「というより、最初から無いのかもな。」
エスケルが静かに頷く。
そして、子どもの手を引いて三人は雨にうたれながら中へ戻った。
「ヴェセミル、あなたにお話がある。」
「なんだ、忙しいんだぞ。」
「じいさん、重要なことだ。」
一つ小さな溜め息がもれると、ヴェセミルは作業を中断した。
「で、何なんだ。」
「実は・・・」
「何だとっ!?では、草の試練は受けさせられないではないか!」
事の重大さに気づいたヴェセミルにランバートは言い放つ。
「最初から俺は止めてただろうが!」
二人の口喧嘩が再び勃発してるのを他所に、エスケルは窓の外に目をやる。
外は相変わらず雨が降り続けており、風も強く、雷が吠えた。
その光景通り、雷雨である。
そして、子どもに視線を移すと、何かを閃いた彼は口を開いた。
「雷雨!」
突然の一声に一同はエスケルを見る。
「雷雨?急にどうしたんだよ?」
「・・・あいつの名前に」
「マジかよ!?単純過ぎて笑っちまう!あいつだって気に入るわけないだろっ?」
そんなランバートを他所に子どもはエスケルに抱きついた。
「気に入ったってよ。」
「マジかよ・・・」
嬉しそうに微笑む雷雨にエスケルは微笑み返した。
「おい、雷雨。そろそろ行くぞ。」
ヴェセミルの弔いが昨夜終わり、朝を知らせる鶏が鳴いた。
一人の少女が空を見上げると、そこに広がるのは晴天である。
一つ深呼吸をして、目の前を歩いていく男に少女は呟いた。
『エスケル・・・ありがとう。』
―止まない雨はない―