雷雨’s blog

現実を書こう!

新年夢小説/夏目友人帳/お相手オリジナル(切甘)

雨は降り止まぬ。
いつも心を曇らせたまま落ちてゆく。


●心を結は音(こえ)●


「今日も雨か・・・」
窓の外で降り頻る雫を男は見ていた。
傍らで寛ぐ灰色とオレンジの斑模様の猫は大きな欠伸をする。
「弱い霊気がある・・・妖の仕業だろう」
「妖か・・・だが、ここんところ毎日だぞ?おかしくはないか?先生」
先生と呼ばれた人語を話す猫。
普通なら驚くところだが、男は普通に会話をしていた。
「フン・・・何もおかしくはない。変なのに関わるのは止めておけ」
「・・・」
睨み合う二人を他所に、雨は激しさを増す。
時々、雷鳴を轟かせては男を驚かせた。
「だから雨は嫌なんだ」


その夜、暗い部屋で男は床につくが、一向に眠れない。
ふと、カーテンが閉められた窓の方を見ると、溜め息混じりに何かに声をかけた。
「そこにいるんだろ?出てこい」
その声に猫は片目を開く。
雨音と共に現れたそれはカーテンの後ろで蠢いた。
「ええい!まどろっこしい!さっさと出てこんか!」
先生は爪で勢いよくカーテンを開け、姿が露になったそれをジッと見る。
男が点けた明かりにそれは驚いたのか、飛び退いた。
「君がずっと雨を降らしてたのか?」
薄い浴衣姿の女。
人間でいえば高校生ぐらいだろうか。
『なっ夏目様・・・』
発せられた声はとてもか細い。
「僕のことを知ってるのか?」
何も言わず女は頷いた。
「・・・何か僕に伝えたいことがあってここへ来たんだろ?」
『はっはい・・・』
「止めておけと言った筈だぞ?夏目」
「いいじゃないか、話を聞くぐらい」
先生は首を横に振ると、呆れたように目を閉じた。
「どうしたんだい?ここんところずっと雨だけど?」
『そっそれは、私がっ私のせい・・・私がいると、必ず雨が降るのです』
「ああ、そのようだね。でも、何で君はずっとここに?」
『じっ実は・・・』


「ああ、もうっ何で今降りだすかなぁ?」
『あっあの・・・これどうぞ』
「え?・・・君は?傘は嬉しいけど、君が濡れちゃうよ」
『・・・』
「あっ!待って!!」


「・・・あ、またか・・・そういえば、この傘、返せてないな・・・ん?」
『・・・』
「やぁ、また会ったね!・・・濡れてる・・・君、他に傘持ってないのかい?ほら、一緒に」
『・・・ありがとう』


「こんな雨の日に言うのもなんだけどね、明日広場で演奏会があるんだ。聴きに来ないかい?」
『えっ演奏会?』
「ああ、僕が指揮するんだよ。・・・来ない?」
『・・・行きたい・・・けど』
「けど?」
『・・・何でもない』


「・・・なるほど。その演奏会は結局雨が降って中止になったわけだ」
『・・・はい、夏目様』
「そして、君は彼に・・・演奏を聴きたいわけか」
女は再び静かに頷く。
「・・・彼の名前は聞いたかい?」
『はい・・・蟻坂様だったと』
夏目は大きく目を見開くと、急いで机を調べ始めた。
「どうした、夏目」
「蟻坂先生だよ、俺の学校の」
一番下の段を漁り、一枚の紙が取り出される。
「なんだそれは?」
掲げられた一枚の紙には大きな文字で"新年演奏会"と書かれていた。
「明日、蟻坂先生・・・いや、吹奏楽部がやるんだよ・・・あー、でも、もう深夜だから今日か」
『場所は何処でしょうか?』
不安そうに聞く彼女に夏目は微笑んだ。
「大丈夫、学校だよ」


早朝。
欠伸をしながら、夏目が朝食をとっていると、傍でご飯を盛っていた女性が声をかけた。
「あら?まだ冬休みじゃないの?」
『あ、塔子さん・・・演奏会が学校であって、聴きにいってきます』
「そうなの。気をつけてね」
はいと元気よく返事をすれば、塔子は嬉しそうに朝食に手を伸ばした。


「おい、夏目。演奏会は午後からだろう?何処へ行く?」
「嘘を真実にする」
先生は目を細め、勢いよく夏目の肩へと飛び乗る。
「全く・・・いい加減な奴め」
「すまないな」
新品のように綺麗な自転車をこいで、二人は広場へと向かった。


「おーい、楽器運べー」
「はい」
晴天の下で一人の男の指示のもと、吹奏楽部は着々と準備を進めていた。
「今日は良い天気だ、楽しむぞ」
空を見上げ、思わず笑顔になる男。
そんな彼を部員は笑った。
「なんだ、どうした」
「いえ、この前は中止になったなーと思いまして。あのときも先生同じこと言ってましたから」
男は顔を真っ赤にして、咳払いをする。
「あのときはあのときだ、今日は大丈夫」
「大丈夫ではないです」
そこへどこからか割って入り込む声。
男が後ろを振り向くと、自転車を止めた青年が立っていた。
「君は・・・」
「夏目です」
その名前に思い出したかのように大きく頷く。
「ああ、そうだ。うちの学校の」
「はい・・・それより、演奏会についてですが・・・」
「聴きにきてくれたんだろう?でも、午後からだ」
夏目は横に首を振った。
「いえ、僕が言いたいのは、場所を学校にしてほしいということです」
「え?何を言ってるんだい?」
「突然こんなことを言ってすみません。ですが、雨が降るんです」
一同は空を見上げた。
「雨?天気予報は晴れだよ」
「・・・彼女を覚えていますか?」
「彼女?誰のことだい?」
夏目は一瞬唇を噛むと続けた。
「僕を信じてください」
その言葉に男は固まり、再び空を見上げた。


『なっ夏目様・・・本当に私は来て良かったのでしょうか?』
「ああ、良いんだよ。雨が降っても中なら中止にならない」
女は喜びを隠せず、その場で飛び上がった。
「夏目・・・」
そんな中、猫である先生だけは腑に落ちない様子である。
「なんだ?」
「こいつを連れてきたところで、結果は悲しいものだ」
「もう蟻坂先生には彼女の姿が見えないとでも?」
「ああ、そうだ」
小声で話す二人を他所に、女は一人辺りを見回しては、溜め息をついた。
その姿をジッと夏目は見つめる。
「先生・・・おかしいとは思わないのか?」
「何?」
「普通ならいつも雨の日に浴衣を着て現れる女を不審に思うだろ」
「・・・」
先生は鼻を鳴らすと、夏目のバッグの中へと身を潜めた。
と同時に拍手が鳴り響く。
女は戸惑いながらも手を叩き、そして止めた。
瞳は一点を見つめている。
楽器の音が広がり始め、心地好く耳に届く。
その中で彼女は堪らず涙を溢した。
『・・・っ・・蟻坂様・・』
何かを表現するかのように大きく動く腕。
時に力強く、時に静かに。
躍動感溢れるそれを彼女は目に焼き付けた。
『・・これが・・指揮。・・・これが、演奏』
一つ一つを確かめるように声に出せば、雨のように涙は増した。
『これが貴方』
歪んだ顔で微笑む彼女。
その隣で夏目はただ静かに聴いていた。
周りには聞こえない彼女の声は演奏の一部となり、蟻坂の耳にも届いている。
そう確信していた。


「どうだった?」
『とても良かったです・・・本当にありがとう、夏目様』
「お礼は僕ではなく・・・」
夏目がスッと避けるように横へ動くと、少し遠くから歩いてくる蟻坂の姿があった。
慌てて隠れようとする彼女を夏目は止める。
「待って・・・君の本当の理由は蟻坂先生だろ」
『・・・夏目様』
「二人で話すと良い」
そう言い残し、その場から離れていく夏目。
思わず俯く彼女の視線に革靴が写った。
『・・・』
少し顔を上げると、先程まで遠くにあった見覚えのある姿。
目が合い、慌てて逸らす。
我に返り、彼が見ているであろうものを後ろを振り向いて探した。
しかし、そこには何も無い。
再び顔を見ようと振り返る身体は温かい何かに包まれた。
「見えてるよ、君が」
『っ!!』
仄かに香る柑橘系の匂い。
耳にかかる息に女は身体を手放した。
「・・・ごめん、会えなくて」
『・・・』
男の抱き締める力が少し強くなる。
「実は・・・大切な人が出来たんだ」
少し筋肉のある腕に白い手が重なった。
這うようにその手は男の頬へと添えられる。
『ええ・・・分かっております』
「・・・雷雨」
『はい』
「・・ありがとう・・」


「あれで良かったのかい?」
『はい』
「夏目、それ以上は野暮ってものだ」
バッグから顔だけを覗かせた先生は一喝した。
『・・・今でも変わらずお慕い申しております』
「ああ」
『ですが、もう思い残すことはありません』
透けていく彼女の身体は徐々に上へと昇っていく。
『夏目様』
「ん?」
『また会ってくださいますか?』
「・・・ああ、もちろん」
その返答に安心したのか、彼女は微笑み消えていった。
その後、蟻坂先生は結婚し、転勤して何処かへと行ってしまった。
彼が今何を思い、何をしているのかは誰にも分からない。
それでも、幸せな日々を送っているということは確かだろう。
そして―
「夏目」
「ん?どうした?先生」
「よくあやつが見えると分かったものだな」
「・・・ああ、不審に思わないのは馴れてる証拠、つまり俺と同じだからだ」
あれから雨はずっと降っていない。


*1

*1:『雨は好き?』 「いや、雨の日は外で演奏が出来ないからね・・・そんなに」 『そう・・・じゃあ、次の演奏会は中でやりましょう?』 「え?でも天気予報は晴れだよ?」 『私を信じてください』