◆ I only saw myself, not you. ◆
「ねぇ、聞いた?」
「何々?」
やめろ
「七番隊の隊員が一人亡くなったらしいよ」
「えー、それって本当?なんでなんで」
やめてくれ
「噂だと一人で任務にあたってたんだって」
「やばくない?もしかして、いじめとかじゃないの?」
もう何も言わないでくれ
「やだぁ、七番隊って怖いー」
私は悪くない!!!
「雷雨!」
『!?』
突然呼ばれ、荒い息を整える。
噂話が嫌でも耳に入り狼狽えていた自分を落ち着かせて、静かに振り返ると、そこにいたのは射場副隊長だった。
「隊長がお呼びじゃ」
大きな屋敷の中に通され、綺麗に管理された庭が見える襖の前に立つ。
射場さんが静かに叩くと、中から声がした。
「入れ」
少しの緊張から唾を呑み込み、襖を開ける。
『…失礼します』
「そこに座ってくれ」
隊長に向かい合うように座り、俯いていると、射場さんが二人分の茶をその場に置いた。
暫くしてから、隊長は茶を一口啜り、聞きたくもない話を切り出した。
「まず先に、隊長として詫びるとともに、お悔やみ申す…今回の件においては、お主が一番動揺しておることだろう」
『………。』
目が泳ぐのを自分でも感じる。
何もなかったように振る舞うにはまだ時間が足りない。
それを解っているかのように隊長は恐いくらいの優しさをぶつけてくる。
「……今すぐにとは言わん…己を責めるな」
理解も優しさもいらない。
ただ、私はあの慕ってくれる一人の隊員を思い出していた。
昨日のことのように鮮明にその笑顔は私の前でちらつく。
鬱陶しさはいつの間にか可愛げに変わっていた。
『…何故…』
「……。」
『一人で任務を遂行しようとしたのでしょうか……』
「………。」
隊長は黙ったまま私を見つめた。
言葉を選んでいるのは明白だった。
『私には解りませんっ…何故…』
一呼吸置いて、隊長はその重たい口を開く。
「隊長や副隊長に憧れて隊を選ぶ者は多い。だが、あやつはお主に憧れてこの七番隊に入ったのだ」
『………たかが三席に憧れて命を落とすなどっ!』
「されど三席だ!!よいか!お主にとっての価値と他の者にとっての価値を同じにするな!!どれだけ、鍛練を積み、知恵を身に付けようとも、その席に身をおく者は一人のみ!悔しさに憤りを覚える者は大勢おると肝に銘じておけ!!」
『っ!!………。』
声を荒げ返す隊長に驚きながらも、突き付けられた最もな言葉に己の未熟さを痛感する。
己をへりくだるあまり、いつしかそれは卑下へと変わっていたのだった。
「…お主は今、己の立場を軽んじることで、あやつを遠ざけようとしておる……あやつの死に向き合わぬことは、この儂が許さぬ」
そう言葉を残すと、隊長は部屋から出ていった。
「…雷雨」
残された射場さんが何かを言いたそうに口をつぐむ。
『解ってます…』
「……。」
静かにその場を後にし、行く宛もなく、ただ歩いた。
忘れたいと思っていたことを、今は忘れたくないとも思う。
何とも不思議ではあるが、冷たい身体に触れたあの感覚が、初めは心を黒く染めるだけの憎悪に似た何かだったのに対し、今は誇りのようなものを感じる。
それらは曖昧な形でずっと私の中に突き刺さっていた。
『………隊長…』
気づいた頃には流魂街の外れにある河川敷まで来てしまった。
そこには夕日を眺める隊長の影が大きく伸びている。
「……自惚れたのだ」
眼を赤い空へ真っ直ぐに向け、隊長は続けた。
「お主に憧れている己という姿に溺れたのだ……それが死を招いた」
『………。』
「…雷雨よ、これは誰のせいでもない…だが、眼を逸らしてはならぬ。今もこれからも」
隊長の隣に腰を降ろし、今にも日が沈みそうな太陽に眼を細める。
連絡を受け、現場に駆け付けたあの日。
現実を目の当たりにしたあの瞬間から、逃げ続けていた気がする。
それを終わらせることに恐怖を感じていた。
だが、今ならこう思う。
"逃げる歩を止めることで、己を信じてくれた者に誇りを与えられる"と。
『…隊長……私は彼を忘れません。そして、三席であることを誰もが認める者になります……でないと、彼が間違っていたと……彼が浮かばれない』
「………嗚呼…それで良い…。儂も忘れぬ。哀しみや、やりきれなさは弱さではなく、強さに変えるのだ」
日が沈みきった後も、空を暫く眺めていた。
いつか変わらぬ笑顔で私を再び慕ってくれると信じて。