雷雨’s blog

現実を書こう!

ミュージアム/main霧島早苗 subオリジナル/夢小説(切甘)

僕等は似てたんだよ。
出会うのは運命だった。


†Your name and my life†


雨は降りやまない。
薄暗い広い屋敷から外を眺めていた。
左手にリモコンを握り締め、テレビに耳を傾ける。
ニュースは今日の出来事を知らせた。
思わず笑みが溢れる。
これだから、やめられないのだ。
『早苗君・・・』
後ろから抱き付いてきた女の声。
心地好い音色に目を細めれば、窓ガラスに写る醜い顔が浮かんだ。
「その名前で呼ばないでくれ、もう違うだろ」
『・・・』
腹にまわされた細い腕に優しく触れると、その腕は力を増した。
強引に向かい合う形にする。
驚いた顔がそこにはあった。
「僕の名前は雷雨だ」
小さな目に涙が溜められているのが見てとれる。
何も知らない彼女の頭を撫でた。
「そうだろ、早苗」


数年前。
「・・・何やってんだよ」
その日も雨だった。
目の前の光景は今でも忘れていない。
『早苗君?見て・・・私の芸術作品』
彼女の傍で倒れていた幼女。
外傷はない。
ただ気絶しているだけにも見えた。
「げっ芸術って・・・?」
我にかえったように自らの手を見る彼女は膝から崩れ落ちる。
受け止めるように駆け寄れば、身体は震えていた。
『やっちゃった・・・私・・・早苗君、わっ私』
二重人格。
それが彼女の秘密だった。


「あの時から、僕は雷雨だ」
『・・・うっ・・・ごっごめん』
涙を流す彼女を強く抱き締める。
あの時、僕等は人生を取り換えた。
どうしようもない僕が彼女を救える。
それだけで理由は十分だった。
「君の作品はもうすぐ完成する」
『・・・これ以上はもう・・・』
落ち着かない彼女の頬に手を添える。
鼓動が脈を伝わってきた。
「君の殺意は消えてない」
『そっそれは・・・』
彼女は人と会う度に殺意を抱く。
それはもう一人の彼女のせいだ。
それ故に彼女をあまり外には出させない。
そして、彼女はあの時からここに住むようになった。
それを世間は失踪と称して探し続けている。
「僕が殺さなかったら、君はどうしてた?」
『・・・』
何も言わずに俯く姿に外の雨は激しさを増した。
「覚えてる?小学校の時」
『?』
「いじめられてた僕に君は手を差しのべてくれた」


小学校時代。
「お前、気持ち悪いんだよー!何で晴れてんのに、雨合羽着てマスクつけてんだよー!」
一人の男子の一言でいじめは始まった。
いつも雨合羽にマスク。
つけられたあだ名はカエル。
「ほら、鳴いてみろよー!カエルだろー?ゲコゲコ鳴けよー!」
鳴けコールが響く中、一人の女子が現れた。
『私はカエル好きだけど』
「何だよ、急にお前」
『あんたたちみたいなナメクジはジメジメな陰険で根暗だから嫌い』
「なっナメクジだとっ!?」
狼狽える男子に構わず、彼女は地面に座っていた僕に手を差しのべた。


だが、もう今の彼女は覚えていない。
『ごめんね・・・何も思い出せないの』
「いいんだ・・・」
彼女は本当の自分の記憶を脳の何処かへと追いやってしまった。
雷雨はもう一人の人格の名前に過ぎない。
彼女の本当の名前は―。
『それより、ご飯にしようよ』
「あぁ」
何かを見透かしたような表情。
雷雨は頭の切れる奴だった。
何故現れてしまったのかは検討がついている。
彼女は高校時代にいじめられていた。
自殺も考えるような酷いいじめだ。
学校側は隠蔽するように彼女を宥めるだけ。
原因を解決することはしなかった。
そんな僕も彼女を助けることはしなかった。
ターゲットが自分に向けられるのが怖かったのだ。
今でもそれは後悔している。
そして、彼女の両親が事故で亡くなったと聞いた時は驚きを隠せなかった。
目の前に佇む彼女が自分に見えたのだ。
だが、正確に言えば違う。
自分はもっと醜い。
彼女はそうなりたくてそうなったわけではなかった。
自分とは違うのだ。
両親が亡くなったことは彼女の何かを変えた。
いじめが雷雨を形作り、両親が雷雨に命を吹き込んだのだ。
それを間近で見ていたのは僕だけだろう。
だからこそ、彼女を救えるのも僕だけなのだ。
『・・・どうかした?』
「いや・・・何でもない」
浮かない顔をしていた僕を覗きこむ彼女。
食卓に並べられた質素な和食。
普通の生活のように見えて違う。
「早苗、この前誰かと会ってなかったか?」
『え?』
覚えていないということは彼女本人が会っていたということだ。
本人が出てくる人物は希だ。
心を開いた相手でないと出ては来ない。
「何処かで見たことある顔だったけど」
その時の写真を取り出せば、一瞬彼女の目が輝いた。
『・・・安海先生』
「(あんかい)?・・・あー、思い出した。高校のか、どうりで見たことある顔だ・・・今でも会ってるのか」
『ぐっ偶然だよ』
嘘が下手なのが彼女の悪いところだ。
目が泳いでるのが誰にでも分かる。
「その先生のことは忘れないんだな」
『・・・ごめん』
彼女の初恋の相手。
そんな話を高校時代から聞いていた。
先生に恋する生徒なんて珍しくもないことだった。
別に気にはしていなかったが、ただ―。
「僕が言うのも変だけど、そいつ、君から逃げたよね。君に関われば他の生徒からの評判が落ちるって」
『・・・でも、変わった』
思わず溜め息が漏れる。
「人はそう簡単に変われない」


「もう逃げられないぞ!霧島ぁぁああ!」
「終わってたまるかっ!!こんなところでっ!!」
もう逃げられない。
そう確信した瞬間に彼女の顔が浮かんだ。
警官達の隙をついて隠し部屋へと急ぐ。
扉を勢いよく開ければ、そこには変わらず彼女がいた。
『・・・どうしたの?』
「・・・ごめんなぁ」
柔らかい頬に触れれば温もりが伝わってくる。
息をして、心臓が動いている。
彼女を殺すのは自分しかいない。
『・・・?』
首に手をかければ小さな瞳が僕を捉えた。
汗が滴り落ちる。
部屋の外では警官達の声が響いていた。
それは彼女の耳にも届き、状況を把握させた。
『・・・そっか、もうその時が来たんだね』
「・・・くっ・・・ご・・めん」
『泣かないで、早苗』
躊躇せずその口から僕の名前が呼ばれる。
音色が耳に心地好い。
「これが、僕から君に与える最初で最後の傷だ」
細い手が僕の手に重なった。
「ありがとう、・・・」


「どうして僕が壊れたかを・・・同情する奴も出るかもなぁっ!」
「そんなことは絶対に許さん」
ああ、最期に見る天気は晴か。
眩しい光、真っ白な雲、青い空。
身体が熱いなぁ。
苦しくて、痒くて、痛い。
ごめんなぁ。
「二階に一人生存者発見!脇腹を刺されていますが軽症です!」
「直ぐに救急車に運べ!沢村は!?」
「沢村一家は先程病院に搬送されました!」


「何があったかを教えていただけますか?」
『ええ』
集中治療室の直ぐ隣の病室で女は刑事に事情を説明した。
数年失踪していたことになっていた彼女を刑事は誘拐事件の被害者として扱った。
「それでは、今日はこの辺で」
静かに出ていこうとする刑事が扉の前で立ち止まると、何かを思い出したかのように振り向く。
「そうそう、こんな物が霧島の私室から出てきまして」
取り出されたのは一通の封筒だった。
女は受け取ると、中身を確認する。
中には紙が一枚入っていた。
「捜査の為、中身を確認しました。あなた宛にあてられた手紙のようです。・・・とても良いものとは言い難いですが、一応お読みになられますか?」
『・・・はい』
「では、失礼します」
刑事が出ていくと、女は紙を広げた。
綺麗な字で書かれた文章に目を通していく。
世間にはストーカーだと思われても仕方のない表現が多用されているのは雷雨を隠すためだと直ぐに分かる。
最期だと悟っていたのだろうか。
故に手紙を残した。
否、いつかはこうなると分かっていて残した。
『どうして、そこまでっ?』


これを読んでいるということは僕はもういないのか、刑務所かだ。
どちらにしろ、君を一人残してしまったことに変わりはない。
ごめんな。
謝ることしか出来ない。
傷つけたこともごめん。
でも、そうするしかなかった。
僕に君を殺すことは出来ない。
君は生きていることで僕の芸術作品になるのだから。
僕が一生をかけて作り上げた作品。
君はずっと僕の芸術だ。
だから、傷つけるなら、僕しかいないと思った。
救えるのも僕だけだと。
君は忘れてしまうだろうか。
僕の名前も存在も。
僕は君を忘れない。
僕は君で、君は僕なのだから。
僕の君への愛は僕の人生だ。
君に人生を捧ぐ。
そういえば、あの男は良い男だ。
君を幸せにすることが出来る。
だけど、残念ながら君の片想いだ。
故に貫き通すには覚悟が必要だということを肝に命じておけ。
僕が君にしたように。
幸せになれ。
それが僕の願いだ。
諦めるな。
生きてくれ。
今までありがとう。
忘れないでくれ、君の名前は―。


『瀬良 弥雷(みらい)』


「ありがとう、弥雷。」
『っ!!・・・早・・苗』
「・・・ほら、強く押さえて。大丈夫、すぐに警官が来る。致命傷は避けてるから、必ず助かる」
『・・・どっどう・・し・て』
「君は痩せてもいないし、手錠や縛られた後がない。外傷がないのは疑われやすい。君が僕と同じだと思われないためだ」
『・・・同・・じ?』
「・・・あぁ、黙ってたけど・・・僕は幼少期に両親を殺してる。つまり、僕は最初から汚れてたわけだ・・・そんな人生を君にあげてしまったわけだが、その罪はきちんと雷雨が背負っ」
『そっそんな・・こと関係・・・ない』
「・・・雷雨は僕が地獄まで連れていく」
『・・・早苗』
「愛してる」


「お母さん?大丈夫?」
『あ、ごめんごめん、大丈夫』
小さな息子が顔を覗きこむ。
無邪気な姿が昔の自分にそっくりだった。
『裕太さん!遅れるよ!』
「あぁ、そうだな」
ソファで寛ぐ旦那を急かし、ゆっくりと朝食をとる娘にランドセルを渡す。
『忘れ物はない?』
「うん、多分」
『じゃあ、二人ともいってらっしゃい!』
「いってきます」
扉を開け、出ていく二人を見送ると、ふと、足元に落ちている名札を見つけた。
急いで追いかける。
『待って!』
「お母さん?」
胸に名札をつけてやると、笑顔ではしゃぎ始める。
名札には真新しい(安海 早苗)という文字が輝いていた。