雷雨’s blog

現実を書こう!

ホラーゲーム制作シーン案3とイメージ画1

蝉の声が鳴り響く前の少し涼しい風が吹く早朝。
重厚なリュックの横でチリチリンと熊鈴が静かに音をたてた。
息を吐けば、微かに白くそれらは消えていく。
燈は目の前に広がる木々の青さに気圧されながらも、覚悟を決めたように「よし」と呟いた。
ジャンパーのポケットから地図を取り出し、目的地を確認すると、燈は慎重に歩き出す。
サワサワと風で草木が揺れる中、烏が遠くで寂しそうに一声鳴いた。
燈が気にせず森の入り口を通過しようとした時、背後でパキッと枝を踏む音が響く。
「誰!?」
と燈が振り返ると、そこには一人の男性が佇んでいた。
男が無言で止めていた歩みを再開すると、燈の手が自身の首に下げた笛に伸びる。
「おっと、そんなつもりは無ぇ、俺はこの山のガイドをやっている」
敵意は無いと付け加え、男が止まって両手をあげた。
それを見て、燈もホッと胸を撫で下ろす。
「あんた一人で登るのかい?」
頷く燈に男は続けた。
「登山届けを出してくれなきゃ、こっちも困るもんでな。すぐそこだ、付いてきてくれ」
さっさと来た道を戻っていく男に、燈は戸惑いながらも見失わないように男を追いかけた。
数分歩いて、男が山小屋のような民家の前で止まり、数歩後ろで立ち止まっていた燈に入るように顎で促してから、男は玄関の戸を開け放って中へと消えていった。
それを見て燈もゴクリと唾を飲み込み、男の後へ続く。
中へ入ると、そこは生活感のある普通の部屋で、リビングにキッチンと一般的な作りになっていた。
男が「座れ」とソファを指差すと、燈は一瞬迷いながらも、言われた通りに腰を下ろす。
「水でいいか?」
と聞く男に、燈は「お構い無く」と答えたが、水の入ったコップが乱暴に木のテーブルへと置かれた。
それと同時に燈の目の前に一枚の紙が差し出され、そこには「登山計画書」と書かれている。
「これを書いてほしいもんでな、遭難した時の手がかりになる」
「…なるほど」
燈が紙を受け取ると、男は向かいの椅子へ座り、煙草に火を点けた。
嫌な臭いに燈の顔が自然と歪む。
「あの山を登る人は珍しい…しかも、あんた学生さん?」
無視してさっさと書いて退散しようと、燈はテーブルの端に置いてあったペンを拝借して、紙に記入し始めた。
「何も無い森だよ、本当に。何が好きで入るんだい?」
男の声が聞こえないとでもいうように、燈は上半分を書き終え、下半分のルート図に一通り目を通していく。
「熊鈴はつけているようだが、スプレーは持ってるかい?熊には勝てんよ」
「…無い」
やっと口を開いた燈に、男は煙共にふっと溜め息を吐いた。
「無いなら持っていきな」
「いや、そうじゃなくて!」
思わずテーブルを叩いて立ち上がる燈を、落ち着けと男は座るように促す。
「ルート図に袖引村がありません」
「…何の話だい?」
男は灰皿に煙草を押し付けて火を消すと、燈を見据えた。
「この山の奥にはかつて袖引村という村があったと聞いて来ました。今は跡地として残ってるはずです」
「…」
「ガイドさんなら分かりますよね?」
「…あそこは今は立ち入り禁止になってるよ、前に土砂崩れがあったんもんでね、残念だったね」
男は燈の手から紙を奪い取ると、クシャクシャに丸めてゴミ箱へと投げ入れる。
「…」
「帰りな、お嬢さん」
悔しそうに唇を噛みながら、燈は立ち上がると男を睨み付けた。
「怖いねぇ…だが、何も変わらんよ、これ以上話すことも無い」
男は新しく煙草を取り出そうとして内ポケットをまさぐる。
諦めたように燈は重たいリュックを背負ってその場を後にした。
外に出ると風が少し和らいで、少し蒸し暑さが出ていた。
帰路につきながら、先程の男とのやり取りを思い出す。
男は口数が多かったにも関わらず、「袖引村」と聞いた途端、ばつが悪い様子だった。
「何かを隠してる?」
気づいたかのようにハッと燈は歩みを止めて、振り返り山を見据える。

その目には再び覚悟の色が灯っていたのだった。